願いが叶わないときの四箇条

 


願いが叶わないときの四箇条ー 神に願う心得#2 ー


願いが叶わないときの四箇条ー 神に願う心得#2 ー

目次

その1.おかげはわが心にある

神に頼んで思うように願いが成就しないと、「この神さまに願っても叶わないんじゃないか」「自分のような人間にはおかげを下さらないのではないか」と神さまを疑う心になりがちです。

しかし、そんなことはありません。日の神が地に照らし月の神が雨露が恵むように、天地の神は人間におかげを平等に授けます。おかげを受け漏らす原因は、人間の受けもの、つまり「心」にあります。神に祈っておかげがあるも、ないのも「わが心」次第なのです。

神のおかげを疑うよりも、おかげを受けとめられない自身の心に目を向けてみましょう。自分はよい人間と思っていても、気づかぬうちにご無礼があったり、先祖代々からの因果を受け継ぐ人があります。それを根気よく一つ一つ取り除いていくうちに、だんだんと運勢が開けてくるのです。

人の心とは動きやすく、願うときに一心を立てたつもりでも、いざというときにコロコロ動きやすいのです。疑いの心が起こったときには、自身の心を第一に疑ってみましょう。

その2.おかげの邪魔をする「めぐり

知らずのうちの神へのご無礼を「めぐり」といい、これがあると思うようにおかげが受けられなかったり、身の上に災難が起こります。めぐりには、「家のめぐり」と「身のめぐり」の2つがあります。

「家のめぐり」とは先祖代々より引き継いだ因果のことで、これがあると家の者に悪い影響をおよぼします。たとえば、癌などの病気、アルコール中毒、家庭内暴力、精神病、借金、ギャンブル、離婚など親から子へと遺伝する難儀がそれです。

ことわざに「親苦、子楽、孫乞食」とあるように、親が苦労をして自分に財産を残してくれても、自分が怠慢をすれば、そのツケは「貧のめぐり」となって孫に回ってくる、これが「家のめぐり」です。

「身のめぐり」とは、自分自身が悪行をかさねてめぐりを積むことです。たとえば、大食をすれば病気になり、無駄づかいをすれば先の貧乏、子供を叩けばいずれ子に粗末にされ、悪口や不足ばかり言えば運勢は悪くなるなど。当たり前と言えば、当たり前ですが、当の本人は自覚がなかったりします。

神に願っておかげが受けられないときは、「めぐり」が邪魔をしているときかもしれないので、辛抱強く心を磨いてめぐりの取り払いをしなければなりません。めぐりが取り払われれば、だんだんと思うようにおかげが受けられるようになります。

その3.時節を待つ

神に願ったら「おかげが遅い、まだだろうか?」と焦ったり神を恨みだす人もいますが、神に任せたのならば時節(じせつ)を待つ心が大切です。

時節とは、おかげが実る時です。草木でも冬を越えて、春に花が咲き、そして実がなります。それと同じように神のおかげを受けるにも、冬のような寒く辛いところを通り、心を磨いていくうちに温かい春の心となり、花が咲き、やがておかげとなるのです。この順序は天地の理であり、人間の力では動かせません。ゆえに楽しみに時節を待つ心が大切なのです。

おかげによって、すぐに成就する願いもあれば、3年、5年、10年とかかるものもあります。焦って自分の方からおかげを壊す心にならないように注意が必要です。実(おかげ)を「まだかまだか」と焦るよりも、植物(心)が育つ喜びを大事にしましょう。

四季は人の力に及ばないものですが、辛抱していくうちにはおかげが受けられます。

その4.おかげを落としては神は喜ばない

思いどおりにおかげを受けられないときや、悪い出来事がおこってきたときに「これだけ頼んでいるのにどうして叶えてくれないのだろう」「何でこんなひどい目にあわせるのか」「なぜ神は罰を与えるんだ」と思うかもしれません。

しかし、よく考えてみてください。子どもの思いどおりに、何でも言うことを聞いてくれるのが良い親ではありません。子どものためを思い、時に厳しく接したり、間違いを正すこともあるでしょう。神は人に対して「かわいい」のご一心。決して好きこのんで難儀を与えるわけではありません。

難とは、人間の生き方や考え方の間違いへの指摘であり、変化が催促です。なので、人間にとって必ずしも悪いこととは限りません。よく偉い人が「当時は辛かったけれど、あれのおかげで今がある…」といいますが、難に負けずに立ち向かえば、人間の運命はよい方へと転ぶのです。

人にとって困難な逆風は、心が成長するためには欠かせません。ゆえに難があったり、思い通りにおかげを受けられなくても、神を恨まずに「かわいい」のご一心を信じましょう。おかげを受けてくれれば、神も喜び、願い主も喜びであります。

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