#8 神仏を拝んで通る

 

#8神仏を拝んで通る

\ ありがたや /
小さな神でも神の位がある

道端に祀られている小さなほこらや、
社殿を持たない神さまでも、
「神」と言うからには、神さまの位があります。
大切に敬えば神としての力を出して、
その日のお守りをくださります。

人はとかく目に映るものに目が行きがちです。
立派な寺社を見かけると立ち止まって、
「何様がまつられているのかな?」
と気になって中に入って拝みますが、
粗末な社には目もくれず素通りしてしまいます。

肉眼で見えるものばかりにとらわれず、
心の眼を大切にしたいものです。
小社で祀られる神も大社で祀られる神も、同じく神。
小さな神を丁寧に敬う心をもてば、
小さなお守りを受け、大きな神も嬉しく思います。

\ やってみよう /
神仏の前は拝んでから通る

神社やお寺の前を通るときは、
立ち止まって一礼をしてから通ろう。
小さな社やお地蔵さまの前でも、
敬いの心を忘れないように、
立ち止まって体を向けて手を合わせてひとこと、
「どこそこの氏子です、御前を失礼いたします」と。

神を粗末にせずに丁寧に拝んで通れば、
神も「心がけのよい氏子」とお喜びになります。
人間でも小さな子どもから、
行儀よく「どうも、こんにちは」と挨拶されると、
嬉しく思ってお菓子の一つでもやりたくなるでしょう。
神も実意で丁寧な氏子には、恵みたくなるのです。
神さまの御前を通るときは、立ち止まって
拝してから通る心が大切です。

よいコト&わるいコト

立ち止まって拝んで通れば


  • 神仏がその日の悪いことから払ってくれる
  • 真心で拝む心を神さま仏さまが喜ぶ
  • 拝む姿をほかの人が見て真似をする
  • 人の敬いによって神仏の力が増す

神さまにご無礼をすれば


  • 小神でも粗末にすれば小さな難を当てる
  • 人に粗末にされれば神も残念に思う
  • 人々の心から神が忘れられていく
  • 人からの敬いがなくなれば神は力を失う

#8神仏を拝んで通る

\ ありがたや /
小さな神でも神の位がある

道端に祀られている小さなほこらや、社殿を持たない神さまでも、「神」と言うからには神さまの位があります。大切に敬えば神としての力を出して、その日のお守りをくださります。

人はとかく目に映るものに目が行きがちです。立派な寺社を見かけると立ち止まって、「何様がまつられているのかな?」と気になって中に入って拝みますが、粗末な社には目もくれず素通りしてしまいます。

肉眼で見えるものばかりにとらわれず、心の眼を大切にしたいものです。

小社で祀られる神も大社で祀られる神も、同じく神。小さな神を丁寧に敬う心をもてば、小さなお守りを受け、大きな神も嬉しく思います。

\ やってみよう /
神仏の前は拝んでから通る

神社やお寺の前を通るときは、立ち止まって一礼をしてから通ろう。小さな社やお地蔵さまの前でも、敬いの心を忘れないように、立ち止まって体を向けて手を合わせてひとこと、「どこそこの氏子です、御前を失礼いたします」と。

神を粗末にせずに丁寧に拝んで通れば、神も「心がけのよい氏子」とお喜びになります。

人間でも小さな子どもから、行儀よく「どうも、こんにちは」と挨拶されると、嬉しく思ってお菓子の一つでもやりたくなるでしょう。

神も実意で丁寧な氏子には、恵みたくなるのです。神さまの御前を通るときは、立ち止まって拝してから通る心が大切です。

よいコト&わるいコト

立ち止まって拝んで通れば


  • 神仏がその日の悪いことから払ってくれる
  • 真心で拝む心を神さま仏さまが喜ぶ
  • 拝む姿をほかの人が見て真似をする
  • 人の敬いによって神仏の力が増す

神さまにご無礼をすれば


  • 小神でも粗末にすれば小さな難を当てる
  • 人に粗末にされれば神も残念に思う
  • 人々の心から神が忘れられていく
  • 人からの敬いがなくなれば神は力を失う
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