六根清浄大祓

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「六根清浄大祓」ってどんな祝詞?成立や由来

こんにちはタツノトシ(@konjinnomiya)です。

六根清浄大祓(ろっこんしょうじょうおおはらえ)とは、室町時代に成立した吉田神道(神道の一流派)で重んじられた祝詞です。

江戸時代には、多くの神社を吉田神道が治めたため、祈祷をおこなう際に盛んに唱えられました。

六根清浄大祓の祝詞は、以下の内容について記されてます。

  • 神と人間との関係性
  • 心を清らかにすべき理由
  • 人間の心の正体
  • 願いが成就する道理

短い祝詞でありながら深く味わいがあり、分かりやすい言葉で構成されているため、現代でも人気のある祝詞です。

特筆すべきなのは「心が清浄であれば、体に穢れがあろうとも身に穢れはない」という点です。

「穢れ(けがれ)」とは、死や血や出産を忌み嫌う思想です。

例えば、人の死を「黒不浄」と呼び、親族が亡くなると49日の間(忌中)に神棚を封じ、神に接することを禁じられます。

また、女性の月経を「赤不浄」、出産を「白不浄」と呼び、生理中の期間・産後一カ月のあいだの女性は身が穢れていると考えられました。

本来のお産は神聖な行いのはずですが、いつからか出産は穢れとなり、産婦は神聖な井戸やかまどを使うことを禁じられました。

穢れ・不浄は、これまでに多くの差別を生みだし、人々の生活に支障をきたしました。

六根清浄大祓は、そうした穢れの思想に対して「体の穢れよりも、心の穢れをとるべきじゃないか?」と訴えかけているようにとれる祝詞です。

そして、心に穢れがあるのならいくら体を清めても、その身は穢れているから神と一体になれないともとれる祝詞であります。

六根清浄大祓詞の全文

六根清浄大祓の全文

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六根清浄大祓ろっこんしょうじょうおおはらえ

天照あまてらし坐皇ますすめ大神おほかみのたまはく 

人はすなわ天下あめがした神物みたまものなり すべからくしずしずまることをつかさどるべし

心はすなわ神明かみとかみと本主もとのあるじたり 心神わがたましひいたましむるかれ

ゆえに目にもろもろ不浄ふじょうを見て 心にもろもろ不浄ふじょうを見ず

耳にもろもろ不浄ふじょうを聞いて 心にもろもろ不浄ふじょうを聞かず

もろもろ不浄ふじょうぎて もろもろ不浄ふじょうがず

もろもろ不浄ふじょうひて もろもろ不浄ふじょうはず

もろもろ不浄ふじょうれて もろもろ不浄ふじょうれず

こころもろもろ不浄ふじょうひて もろもろ不浄ふじょうはず

これいさぎよきことあり もろもろのりかたちごと

きよよければかりにもがるることなし ときごとをらばべからず

皆花みなはなよりぞ木実このみとは

すなわ六根清浄ろっこんしょうじょうなり 六根清浄ろっこんしょうじょうなるがゆえ五臓ごぞう神君安寧しんくんあんねいなり

五臓ごぞう神君安寧しんくんあんねいなるがゆえ天地同根どうこんなり

天地同根どうこんなるがゆえ万物ばんぶつれい同根どうこんなり

万物ばんぶつれい同根どうこんなるがゆえところいとして成就せずとふことなし

無上むじょう霊宝れいほう神道しんとう加持かじ

六根清浄大祓の意味と訳

アマテラスオオカミがお告げになりました
「人は天の下の神の分霊(わけみたま)をもつ神の子である
その分霊(心)を静め鎮まるように司り、家、国、世を安らかに治めよ
分霊(心)のおおもとは神々の主である天地の神である
わが心の神を汚したり傷つけては、天地の神との間に隔たりができる」

ゆえに、
眼に不浄を見ても、心を穢してはいけない
耳に不浄を聞いても、心を穢してはいけない
鼻に不浄をかいでも、心を穢してはいけない
口に不浄を言っても、心を穢してはいけない
身に不浄を触れても、心を穢してはいけない
意に不浄を思っても、心を穢してはいけない

このときに、私たちが授かっている分霊は穢れの無い神心となる
さまざまな事象はわが心に添う影のようなもの
心が清ければ、眼・耳・鼻・口・身・意に不浄があろうと心の穢れにはならない
理屈がましくしてはいけない
花から木の実ができ、それがいずれ花となり木の実となる道理である

心が穢れていなければ、わが身は清浄であり、穢れの無い神心となる
穢れの無い神心であれば、天と地から生じた「わが身」を神が司る
天より授かった分霊が神心となり、地から生じた体の守りを受ければ、天と地の神と一体、生きた神である
天地の神と同根になれば、天地から生まれるすべての神々、御霊と同根になる
全ての御霊と同根になれば、天地の神の威徳が十分に現れ、どのような願いも成就する

六根清浄大祓の解説

この祝詞は一言一言に深い意味を含みますが、ここでは大事な3つの点を解説いたします。

  • 人間は神の分霊(心)をもつ天地の神の子
  • 心(分霊)を清浄にすれば神と同根になる
  • 神と同じ心になれば願いは成就する

順に解説いたします。

POINT1.人間は神の分霊(心)をもつ天地の神の子

太古より、世界の各国で「天父と地母」という認識があるように、天と地の神は人間を生みなす親です。

人間は、天の神より「分霊(わけみたま)」を授かり、地の神からは「肉体」を授かって生をうけます。

分霊とは、「心」であり、「魂」であり、それ自体が「神」。万物の霊長である私たち人間には、ひとりひとりに神が宿っているのです。

地より育つ食物をとおして生じる「肉体」は御霊の器です。

これら2つが揃って人間となり、肉体と分霊がほどけるのを「死」といいます。

「分霊」を授けるのは父、「体」が生じるのは母。人間は、天の神と地の神より生まれる神の子どもです。

POINT2.心(分霊)を清浄にすれば神と同じ心になる

人間が神より授かっている心を清らかにすれば、人の中に秘められた分霊が十分に発揮されます。

これが天地の神の心そのものであり、人間が神になるときです。

この心を知るには、「親」になること。親がわが子がかわいいと思うときは、心から我が消え失せ、どこからか無条件に恵みたくてしょうがない気持ちが湧いてきます。

また、目の前で災難にあって困っている人や動物を見たとき、助けたい心が強く湧き出るでしょう。

このような「かわいい」「かわいそうに」と思う心そのものが神です。

清浄にするとは、心にある我(穢れ)を取り払い、神の分霊を存分に発揮させること。

人間は神の子どもなので、心の悪癖や行いや言動を改めて行けば、少しずつ本来の神の姿へと近づいていくのです。

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POINT3.神と同じ心になれば願いは成就する

心の穢れを磨き改めて、清浄にすれば、天地の神と一体になり願いは成就します。

神のような心にならなければ「願いは成就しない」ともとれますが、神には程遠い心でも、願いは成就します。

願いには、段階があるのです。

例えば、人間が神に向かう糸口の多くは、自分の病気を治して欲しい、恋愛が成就して欲しい、金銭的な苦しさから解放されたいなど私的な願いです。

そこから、心を磨き改めて願いが成就して、さらに願いが高度になっていくのです。

人間は自分の願いが成就すると、自分だけでは飽き足らず、今度は他者を助けたいと思う気持ちが強くなります。

神の心へ近づくほど、願いは深くなり、願う対象が「他者のため、世のため、神のため」と広くなります。

このように人間は願いを通して、心の不浄を取り払い、神へと近づいていくのです。

そして、心が清浄になり、神と同根になった人間は、「生きた神」と人に言われるほどの天地の神の威徳が現れます。

暗闇の中の灯明のように、その人の身の上を中心に、周囲の人の願いまでもが成就していくのです。

これが「ところいとして成就せずとふことなし」であります。

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六根清浄大祓は奏上するだけで効果はあるのか?実際の事例と注意点

六根清浄大祓を奏上することで、神のおかげ(ご利益)が現れる事例があります。

明治十五年、私が十三歳の時、金光様の前にちょこんと座って、「金光様、六根の祓がどうしても覚えこめませんが、なぜでしょうか」と申しあげた。金光様は、

「そうかなあ。覚えようと思えば、覚えられないことはない。六根の祓を覚えて、六根の祓のとおりの心になるがよい。そうすればおかげがある」とのお言葉をくださった。

それ以来、六根の祓を覚えるとおかげになることならと、子供心に病のつらさを思いつめ、一生懸命、一里三合の山越えをする時も六根の祓をあげとおして覚えさしていただき、しだいに病も全治した。

金光大神言行録|桂ミツの伝え

この桂ミツという方は、村の人から病み袋と言われるほど病弱な少女でしたが、六根清浄大祓を上げながら参拝することでおかげを受けています。

お広前には絵馬がいっぱいあった。

それについて金光様は、
「一生懸命にお願いすればおかげがいただけると船乗りの人に教えておいたところ、その人の船が難破しかけた時、六根の祓をあげたら船の傾きが直って、おかげをいただいた」と言われた。

金光大神言行録|姫路まきの伝え

注意が必要なのは、六根清浄大祓を奏上するのはあくまで神に向かう一つの手段であり、恵みの出所は神です。

なので、六根清浄大祓を口で唱えさえすれば、心が清浄となり、運勢が好転・万事の願いが成就するといった効果はありません。

千度祓い・万度祓いといって、朝から晩まで何時間もお祓いを上げては、時間を費やし仕事に差支えができます。

六根清浄になるためには、お祓いを奏上するばかりではなく、自身の戒めとしていただき心磨きをせねばなりません。

例えば、「しずしずまることをつかさどるべし」とあるように、家の内が和合し治まるよう司ると、家は繁昌します。

家を治めるには、パートナーの悪いところを責める心を改め、堪忍を強くして、自分自身が大きな人間になることです。

六根清浄大祓を万度あげても、家庭の不和が絶えないのなら心は「不浄」、願いは「不成」であります。

しかし、毎日一度でも六根清浄大祓を神に奏上して、その通りの心になるように心磨きをすれば末繁昌が効果が望めます。

今回は以上でございます。

ネット神社「金神乃宮」

金神乃宮(こんじんのみや)はweb上のお宮。
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