おかげは願い主の心にある

 


\ STEP.2 心を磨く /おかげは願い主の心にある

神を敬って願えば神は力を増す

神に願いお恵みを受けるには、敬う心が大切です。
「神は人の敬いによりて威を増し、
     人は神の徳によって運を添う」
というように、神さまは人の敬う心で力を増し、
人はその力によって恵みを受けるのです。

神さまは、人の心を映し出す鏡。
願う者の心のあり方によって性格が変わられます。
こちらが頭を低くして「どうぞお守りください」
と敬う心で願えば、神さまもそれを受け止めて
こちらの願いを重く受け取ってくださります。
反対に、散歩のついで参りの心で願えば、
神さまもその通りに軽く受けられます。

神さまや神の使いを敬う心をもって祈れば、
その敬いの大きさに比例して、
神の力添えも大きくなるのです。

人は敬う心で、わが身の徳を増す

人は誰かを敬えば、自身の徳を増します。
例えば、師弟の関係でも、弟子が師を敬う心から
「自分もああいう風になりたい」と憧れて、
師の教えをよく聞いて、
真似をしていくうちにだんだんと
自身も成長するのであります。
師匠も自分を慕ってくれる者を
実の子供みたいにかわいく思い、
いろいろ教えてやりたい気持ちになり、
その弟子の出世を願うのです。

神に願うのも同じで、
神さまの話を聞いて納得をして
「自分も一つ力を入れて神へ願おう」
とその気になって一心を立てれば、
これを神さまがかわいく思い、
お力添えをくださいます。

願う側に敬う心がなければ、
神の話をきいても疑い心が起こり、素直に聞けず、
願うにも身が入らず、心も磨けません。
敬いが大きい者ほど得をするのです。

おかげはわが心にある

神さまにお願いをしておかげを受けられるも、
受けられないのも自身の心から。
神さまは子どもかわいいの一念から、
人間におかげを受けて欲しいと思われるけれど、
そのおかげを受けられるかは心しだいです。

例えば、子どもにお菓子をあげようと思っても、
子どもの方から「いいえ、結構です」と遠慮すれば、
授ける側も残念に思うでしょう。
しかし、両手をさし出して「お願いします」
とねだる子には、一握りも二握りもあげたくなります。
神は平等におかげを授けますが、
それを受けられるか受け漏らすかはわが心にあるのです。
疑う心を放して、神に一心を定めて敬って頼めば、
神の威徳は増し、人は恵みを受けられるのであります。


\ STEP.2 心を磨く /おかげは願い主の心にある

神を敬って願えば
神は力を増す

神に願いお恵みを受けるには、敬う心が大切です。

「神は人の敬いによりて威を増し、人は神の徳によって運を添う」というように、神さまは人の敬う心で力を増し、人はその力によって恵みを受けるのです。

神さまは、人の心を映し出す鏡。願う者の心のあり方によって性格が変わられます。

こちらが頭を低くして「どうぞお守りください」と敬う心で願えば、神さまもそれを受け止めてこちらの願いを重く受け取ってくださります。反対に、散歩のついで参りの心で願えば、神さまもその通りに軽く受けられます。

神さまや神の使いを敬う心をもって祈れば、その敬いの大きさに比例して、神の力添えも大きくなるのです。

人は敬う心で
わが身の徳を増す

人は誰かを敬えば、自身の徳を増します。

例えば、師弟の関係でも、弟子が師を敬う心から「自分もああいう風になりたい」と憧れて、師の教えをよく聞いて、真似をしていくうちにだんだんと自身も成長するのであります。

師匠も自分を慕ってくれる者を実の子供みたいにかわいく思い、いろいろ教えてやりたい気持ちになり、その弟子の出世を願うのです。

神に願うのも同じで、神さまの話を聞いて納得をして「自分も一つ力を入れて神へ願おう」とその気になって一心を立てれば、これを神さまがかわいく思い、お力添えをくださいます。

願う側に敬う心がなければ、神の話をきいても疑い心が起こり、素直に聞けず、願うにも身が入らず、心も磨けません。

敬いが大きい者ほど得をするのです。

おかげはわが心にある

神さまにお願いをしておかげを受けられるも、受けられないのも自身の心から。

神さまは子どもかわいいの一念から、人間におかげを受けて欲しいと思われるけれど、そのおかげを受けられるかは心しだいです。

例えば、子どもにお菓子をあげようと思っても、子どもの方から「いいえ、結構です」と遠慮すれば、授ける側も残念に思うでしょう。しかし、両手をさし出して「お願いします」とねだる子には、一握りも二握りもあげたくなります。

神は平等におかげを授けますが、それを受けられるか受け漏らすかはわが心にあるのです。

疑う心を放して、神に一心を定めて敬って頼めば、神の威徳は増し、人は恵みを受けられるのであります。

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