嫌いな人の幸せを祈ることで得られる効果とは?人を願えば徳を積む

こんにちは、タツノトシです。
先祖から四代にわたり、方位の神さまに仕えることを生業としております。

むかしから「人を呪わば穴二つ」というように、自分に害を与えた相手を恨めば、自分も共に悪に落ちて運命が悪くなると言われます。

では反対に苦手な人、腹が立つ人、嫌いな人の幸せを願えば、どんなメリットがあるでしょうか?

結論、嫌いな人を願えば神からの信用を得て、身に徳を受けられます。

徳を積めば、子孫に恵まれ、経済面、健康面などバランスよく恵まれて、去年より今年、今年より来年と一年勝りに繁昌します。

本記事では、嫌いな人の幸せを祈ることによって得られる利益と、それを得られる理由について解説いたします。

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嫌いな人の幸せを祈ることで得られる効果

常に喧嘩腰、口が軽い、性格が合わない、陰湿、些細なことで怒る、陰口ばかり言う、なんでも否定する、マウンティング、ぐいぐい来る、機嫌の良い日悪い日で態度が違うなど、人によって嫌いな人は様々です。

そのような実害のある人、腹が立つ人、嫌いな人の「心の改まり」や「身の上の幸せ」を願えば、自分の身に徳を積むことができます。

嫌いな人の幸せを心の底から祈るのは難しい行いですが、他者を祈ること自体が自身の心を改善させる徳積みとなるのです。

徳とは、人間の心を磨くことで備わる品格。徳を受ければ、

良好な人間関係、良縁、仕事の出世、経済、健康、寿命長久、子宝に恵まれる、良い子供に恵まれる、他の人を助けられるなど、様々な面で恩恵を受けます。また、徳による利益は一時で壊れずに長く持続します。

嫌いな人の幸せを願うのは、難しい行いです。
しかし、本気で自分に害をなす人の幸福を願うのならば、神からの信頼を受けて、徳が身につきます。

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嫌いな人を祈れば徳が積める理由

なぜ嫌いな人の幸せを祈ることで徳が積めるのか?

それは、人の見方が「人の視点」から「神の視点」へと近づくからです。

「人の視点」とは、物事の表面的なところが目につき、我かわいいと思う自己中心的な視点です。

「神の視点」とは、広い視野(俯瞰)に加えて、神の心で物事をとらえ、恵む心や慈悲の心を合わせ持つ視点です。

同じ出来事が起きても、「人の視点」と「神の視点」では、見え方が異なります。

例えば、職場に大事な書類を何度も紛失し、周りに迷惑をかける人がいるとしましょう。

人の視点で見れば、社員同士で「あいつは給料泥棒だ」「いつかクビになるんじゃないか」と陰口の一つでも言いたくもなります。

これを神の視点で見るのなら、「あのように抜けている性格で今まで多くの苦労をしただろう」と慈しみの心で接し、陰ながらその人の身の上のことを願い、手助けをする。

このような人が会社に一人いれば、迷惑をかけた人もずいぶん救われます。人を一人救えば一人の神。まことの親切心で人を救えば、人は神となります。

嫌いな人の幸せを本気で祈るのは、「人の視点」を放して「神の視点」に一歩近づくのです。それは、同時に自分の中の神性が磨かれ、神心に近づくことでもあります。

神の目線で物事を見れば、神の信用を得る

以下は六根清浄(ろっこんしょうじょう)という、神に奏上する祝詞(のりと)の一節です。

天照あまてらし坐皇ますすめ大神おほかみのたまはくひとすなわ天下あめがした神物みたまものなり

六根清浄大祓

これに「人は神物」と記されるように、人は母親の胎内で神さまの分霊(わけみたま)を授かっております。

ゆえに人間は万物の霊長といわれ、神の「氏子(うじこ)」と言われます。つまり、人間ひとりひとりには「神」が宿るのです。

嫌いな人を恨まずに、神の大切な氏子と思い願えたときは、あなたに宿る神の分霊の真価が発揮されたときです。

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出来の悪い子どもほど神はかわいい

もし、5人の子供がいて、その中に一人手のかかる子がいるとしましょう。

他の4人の子どもを叩いて泣かせたり、ご飯を粗末にしたり、すぐに腹を立ててかんしゃくを起こす親に苦労をかける子どもです。

それでもやはり親の身からすれば、他の子どもと変わらず、「かわいい」と思うのではないでしょうか

そのような子がよその子供から悪く言われ、不幸せであるのなら親は胸が痛いでしょう。

親ならば、箸にも棒にも掛からぬ子どもほど、立派な大人になって欲しいと強く願いを抱きながら接します。

悪さをすればときに厳しく叱りはするものの、本心はやはり「かわいい」のです。

これと同じように、神は出来の悪い手のかかる氏子でも、他の子どもと変わらず「かわいい」のご一心であります。

なので神心となって嫌いな人を「あの者が悪い心であれば、先々難儀な目にあうかもしれませんので、改心しますように」と祈れば、神の心とぴったりと一致します。

神の心と一致すれば、天地の神と同根となり、願いが成就するのです。

天地あめつちかみ同根どうこんなるがゆえ万物ばんぶつれい同根どうこんなり万物ばんぶつれい同根どうこんなるがゆえところねがいとして成就じょうじゅせずとふことなし

六根清浄大祓

神の氏子を大切にすれば神徳が受けられる

嫌いな人、腹が立つ人を恨まずに、神の氏子と思って幸せを願えば、神に近づき神徳が受けられます。

神徳を受ければ、自分の願いが成就しやすくなり、人間関係、経済、健康などあらゆる面で一年まさりに恵まれ、末永く続きます。

嫌いな人の幸せを心の底から願うのは難しいことです。一朝一夕で本気に願えるものではありませんが、心を磨く稽古として神へとお願いをするとよいでしょう。

腹が立つことを言われたら、神に心を向けて、自身の心が治まるように願い「先方の心が改まりますように」と願うのです。

それを繰り返すうちに、だんだんと自身の心が磨かれていき、運命が良い方へと転んでいきます。

身の上に起こりくる事柄を練習帳として、心を磨くことが第一。今回は以上でございます。

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