【重要】祈願が成就するための3箇条【これから神仏に願う人へ】

こんにちは、タツノトシです。

ここ3年間で良縁・結婚・病気平癒・子宝・安産を神に願い、すべて成就しました。

神さまにお願いする時は、願い事がどうでも成就して欲しいと思いますよね。しかし、間違った願い方をすれば成就するはずの願いも成就しません。

たとえば、願うだけで自分にできる努力をしない人は願い事が成就しにくいです。

自分にできることは精一杯やりきり願って来る人と、人に任せきりで自分は努力しない人。当たり前ですが、頼まれる側からすれば、力になりたいと思えるのは後者です。

神に頼むも人に頼むも同じで、神さまにも誠意をもって願えば成就しやすくなります。

誠意のある願い方とは、具体的には以下の3つです。

  1. 頼む神を1つに定める
  2. 願いの不成就となる原因を取り除く
  3. 一心を強くする

本記事では、上記内容について解説いたします。

目次

祈願成就の心得①神を一つに定める

日本は八百万の神といってすべての神を大切にしますが、「頼る神」は一つに定めるのが大切です。

合格祈願は○○さま、安産祈願は□□さま、お金のことは△△さまと願意によって頼む先を変えるのは賢いようですが、神の力添えを受けにくいといいます。

なぜなら、願い事によって神を変えれば、神とのご縁が深まらないからです。

御成敗式目の一節に「神は人の敬うに依って 威を増し 人は神の徳に依って 運を添う」とあるように神は人の敬いによって威力を増し、人はその威力によって恩恵を受けます。

つまり、神を敬う心=恩恵を受けるという意味です。

神さまを願意によって変えるのは、神への敬う心を願う度にリセットするようなもので効率が悪く、繰り返せば信用を失います。

頼まれる側の視点から考えてみると分かりやすい

  • 自分の利益を中心に考え、あちこちに頼み事をしているA
  • 自分をよく慕って尽くしてくれる+自分だけを頼りにしているB

同じ頼み事をされたとして、力になりたいのはBではないでしょうか?Aは時間が経つにつれて「この人は自分の都合しか考えていない」と信用を失っていくでしょう。

人に頼むも、神に頼むも同じで、神を定めて一途に頼りにする人の方が力添えを受けられます。

神さまによって得意・不得意があるのでは?と思う方もいるかもしれません。しかし、商売繁盛で有名な神さまに、恋愛成就を願っても成就します。

神の力に及ばない願いは、他の神さまへ頼んででもおかげを授けるともいいます。なので神の力が及ばない」という考えは基本的にいりません。

もし成就しない時は、神を疑うのではなく、自身の心を疑うのが基本です。

信心は昔から一心が大切といいます。一心とは、専念する心です。これが二心になると、謀反の心、不忠な心、疑いの心という意味になります。

妻・旦那を一人に定めるのと同じように、頼る神さまは「この神さま」と一筋に心に定めましょう。

もちろん神を一つに定めるからといって、他の神社仏閣へ参ってはいけないという意味ではありません。氏神さまへの参拝や神社仏閣のみ前をとおるときには拝するのは大事です。

その②成就しない原因を取り除く

まれに、神に願えば寝ていてもお金が降ってくると思っている方もいますが、そのようなことはありません。

  • 商売繁盛を願うのなら仕事に精を出し
  • 家内円満を願うなら妻をいたわり腹を立てぬように
  • 良い子供を願うのなら叱ったり叩いたりせずに物事をよく教え
  • 交通安全を願うのなら交通ルールを守り謙虚な運転を

願いの成就のためには、神に願うだけでなく、願い主が人事を尽くさねばなりません。

神に願うとは雨乞いのようなものです。神の恵みの雨は必ず降ります。しかし、それを受け止められるかはその人しだいです。

心=恵みの受け物で、いくら雨がたくさん降ろうと、受け物に穴が空いていたり、ヒビがあれば水はそこから漏れてしまいます。

神に願うときは、自分の心に恵みを受け漏らす「不成就の要素」がないか考える必要があります。

愚痴・不足をやめて持病が治った

筆者は、幼い頃から月に1~3度おこる頭痛に悩まされていました。頭痛が起こるとその日一日は寝込むので地味につらかったです。

何度も神に願ってもよくなりませんでしたが、以下の言葉をきっかけに成就しました。

氏子、神はまめ(健康)な体を与えてやってあるのに、持病じゃ持病じゃ言うて、一生持って患うから、どうならんがな。

この言葉を知り、以下の二つを改善しました。

  • 頭痛になっても「頭が痛い」と不足がましく言わない
  • 頭痛は持病だから仕方がないという思い込みを捨てる

そして、次の頭痛になった日に神に願い、上を心得ました。

すると一回気絶したように10分間くらい眠りに入り頭痛が治まり、それからは頭痛・肩こりが起こらなくなりました。

科学的根拠のない話ですが、神信心は常識・科学では説明がつかないこともあります。

なので、心のどこを改まれば願いが成就するかは断定できません。大切なのは、「心磨き」をする生き方です。これなくして運命を変えるのは難しいでしょう。

自分の願いの邪魔をしている「悪癖」を改めることで願いが成就するかもしれません。もし、願いが不成就でも心を磨いた分は徳としてストックされます。

徳を積めば運命はしだいに良い方へと導かれるので、心磨きは一石二鳥であります。

心の改まり方については、こちらをご覧ください。

その③一心不乱で成就する

ことわざで「思う念力岩をも通す」というように、この世界には「気持ちが強い人」が勝る法則があります。

その思いや気持ちの正体とは「欲」です。欲深いと言えば聞こえは悪いですが、欲が強い人ほど多くを得る傾向があります。逆に無欲は一見聞こえがよいですが、得るものは少ないです。

欲の強い人>無欲な人

例えば、別にモテなくていいしと言っている「無欲な人」よりも、正直にモテたいと思い、「努力をしている人」の方が確実にモテます。

しかし、相手を思いやらずに「独りよがり(我欲)」のモテたい人は嫌われるでしょう。また、モテない人のために、モテる方法を発信している人(人の役に立ちたい欲)はさらにモテるでしょう。

俗っぽい例えですが、他のことにあてはめても同じでないでしょうか。

以前の私は、何も望まず、動かずだったので、結果として何も得られませんでした。現在は、欲を強くしてだんだんと得られるようになっております。

もちろん人間の幸福の要因は、さまざまですので一概には言い切れませんが、欲深い=原動力が強いので願いが成就しやすいです。

神信心も一心が大事。

神に願うにも、欲深く一心に打ち込む心が強いほど、願いは成就します。

以下は神のみ心を分かりやすく例えた話です。

大勢の子供たちに、親が豆を配ってやろうとしている時、「ありがとう」と言って手を重ねて出す子には、一握りのものは二握りもやる気になるであろう。ところが、「いや、よろしい」と言って後ずさりする子には、握った豆も放す気になってしまう。

神が恵みを授けたくても、人が受け取る気にならねば、神はおかげを授けられません。欲を原動力として、一心不乱に神に願うのは、「正直」であり神の心に響くのです。

すぐに疑ったり諦めてはいけない

真に一心が定まれば、少々のことで乱されません。

  • 自分の思い通りにならなかったら神を疑う
  • 難が起きたら神の存在を疑う
  • 願いの成就が遅いから疑う

上記の思考は「一心」が「二心」になったときです。一心は専念する心、二心は疑い、不忠の心という意味です。

なので目の前の事柄に振り回されたり、一喜一憂せずに、神さまにむかって真っすぐ突き進む姿勢におかげがあります。

ようするに一度心に定めた神を心底、信じるきるのです。これが神にみ心に響く神信心であります。

今回は以上です。

神信心による繁昌は木が栄える如く、時間がかかりますが、その分手堅いです。去年より今年、今年より来年、と年輪を重ねるように一年勝りに物事がととのってきます。

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