神様への祈り方|天地を拝み日本の心 はるかむかしへ立ち返る

天地金乃神

こんにちは、タツノトシです。
四代にわたり、天地金乃神へ仕えることを生業としております。

日本で神といえば、先祖の御霊を祀った神さま、井戸におられる水神さま、かまどに祀る三宝荒神さまなど数多の神がおられます。

山にも神がおり、海川にも神がおられますが、金神乃宮でお祀りする天地金乃神(てんちかねのかみ)とは「天」と「地」の神さまです。

太古より、「天は父、地は母」というように、私たち人間は天より御霊を授かり、体は地より生まれ、天地の中で恵まれながら暮らすのです。

ゆえに、子が親に物事を頼むように、天地の神へと祈れば、手厚い力添えが受けられます。

天地金乃神に願い、医者から子供ができない体質と言われたにもかかわらず子供ができる者もあれば、幼少の時より、長年悩んでいた頭痛が治る者もあり。

また、安産を願い、初産にもかかわらず3時間で産まれる者もあり、医者が匙を投げた癌が人知れず消えた者もあります。

はるかむかしへと立ち返り、天と地の神へ一心に祈りを捧げれば、枯れた土地に雨が降るように神の恵みが受けられるのです。

本記事では、天と地の神「天地金乃神(てんちかねのかみ)」への祈り方についてお伝えします。

目次

神様への祈り方

天地金乃神へ願うのに必要なものは清き「一心」のみです。

祈るときは昼夜いつでもかまわず、世界中いかなる場所でも届きます。また、体の健康から、仕事のお繰り合わせなど何を願ってもよく、金銭は必要なく、形式張った型もいりません。

必要なのは、ただただ清き「一心」のみです。

祈る心得「一心」とは

「思う念力岩をも通す」というように、祈る者が力強い一心を出せば、その願いは神へと届きます。

鐘を突き割るような心、太鼓を叩き破るような気迫で神へと向かえば、天地に響きわたるのです。

なぜなら、万物の霊長と言われる人間ひとりひとりには、天地の神より分け与えられた御霊(心)がそなわっております。

この御霊(心)を神へと一筋に打ち向ければ、もとの主である天地の神へと祈りが届くのです。

人間が一心になるときとは、心の底から叶えて欲しい願いがあるときや、眠れないほどの心配事があるとき、また、どうしても解決したい問題があるときなど。

例えば、親が命に関わる大病を患ったときや、人生を左右する大学受験。仕事で取り返しのつかない重大な失敗をしたときや子供を出産するとき。

このような一大事のときは、神に一心が向けられる機会です。不安・心配・願いを神に打ち向けて祈れば、一心となります。

人間一心になれば、不安や心配は打ち消され、腹に力が入り、感覚が研ぎ澄まされ、四六時中、心が神に向かいます。

このような心であれば、天地の神へと鳴り響き、ご神徳が授けられるのです。

「苦しい時の神頼み」「溺れる者はわらをも掴む」とあざけって言いますが、苦しいときに必死になって神を頼りにするのは、決して愚かな行為ではありません。

昼夜を問わず祈る

天地の神は昼夜を問わず、人の身の上をお守りくださるので、いつでも祈れば神へと届きます。

朝起きれば「夜中、お守り下さり有難うございます」と夜の間のお礼を申し上げ、一日の身の上のことを一から十まで願います。

また、日が暮れると、その日一日のお礼を申し上げて、夜の間のお守りを願います。

仕事をするには家業出精を願い、外出し車に乗るには身の上安全を願い、食事をするには頂きますの心で体の丈夫を願い、腹が立てば心が鎮まりますようにと、その時々で祈りましょう。

今月今日で一心に頼むこと肝要です。

また、神に願うのにあまり長い祈りは不要です。祝詞やお題目を千度、万度と唱えていては、時間がなくなり仕事に支障ができます。仕事や生活に差支える祈り方は神は喜びません。

どこからでも祈る

一心に願えば、世界中どこにいても天地金乃神へと届くものです。

くもの糸を張りめぐるように、世界中にずっと神の道がついているので、自宅、道端、職場、便所、寝床、どこからでも心で拝めば神へと届きます。

天地の神は、宮や社の中に鎮まる神ではありません。人間が、天と地のあいだに鎮まっているのです。

人が北へ行こうと南へ行こうと、そこは天と地の間であり、神のお守りの中であります。例えていえば、幼い子どもが常に父母に見守られているようなもの。

なので、どこからでも一心に祈れば天地の神へは通ずるのです。

よく神は人の目に映らないといいますが、そんなことはありません。

正午に外に出れば日の神さまを拝むことができ、また、満月の晩に外に出れば月の神を拝むことができます。

天と地のあいだに住む人間は、神の中を分けて通るようなもの、どこへいようと神の守りの中です。家の柱や壁を拝んでも一心に願えば神へと届くのです。

何でも祈る

神さまへは何でも願ってよいのです。

「こんな願いは虫がよすぎるのではないか?」「こんなことは願っていいだろうか?」と遠慮はいりません。

幼い子供がお腹が減った、眠たい、おむつが気持ち悪いと何でも泣いて親に伝えるように、どんなことでも天父地母へと祈り伝るのが大事です。

「神へは気安く願ってはいけない」と主張する人もいますが、よく考えてみてください。

赤子が自分で自分の世話ができないように、人間が天地の恩恵を一切受けずに地力で成し得る事など一つもありません。

農作をするにも、耕したり種を撒くのは人ですが、作物を発芽させ生育させるのは天と地でしょう。

漁師が魚を捕りますが、山から養分を運び、海の環境を整え、魚を成育させるのは天と地です。

子どもを産むといいますが、10か月間お腹の中で胎児の面倒を見た人はいません。

みな天地の神より、陰ながらの支えによってすべては成就するのです。このように人に見えない陰ながらの力添えのことを「おかげ」といいます。

神様のお陰様で何事もなし得るのでありますから身の上安全、人間関係、勉学、体調、仕事、良縁、結婚、出産、養育、引っ越し、亡くなった人の立ち行きなど何事も願うのが道理です。

どのように願う?

天地金乃神へ祈るに、特にこうでなければならないと決まった型はありませんが、目安として拝み方を紹介いたします。

以下は、天地金乃神を拝む式次第です。

一礼お辞儀をする。
四拍手四度手を叩く。
※神門拍手(しんもんかしわで)といい、神が扉を開けて聞き入れると言われる。
一礼お辞儀をする。
祈り「天地金乃神、金光大神(こんこうだいじん)のお手続きにてお願い申し上げます。」と唱えてお礼、お詫び、お願いを申し上げる。
※金光大神(こんこうだいじん)とは天地金乃神の使いで、この方に祈れば、願いが通りやすくなる。
一礼お辞儀をする。
四拍手四度手を叩く。
一礼お辞儀をする。

以上が天地金乃神(てんちかねのかみ)への祈り方ですが、状況に応じて柔軟な拝み方でかまいません。

無理に人前で声を上げる必要はありませんし、外では心の中で祈ればよいのです。祝詞を奏上してもよいですし、線香を供えて拝んでもかまいません。

一心に神に向かうのが肝心で、後は状況しだいでその場にあった拝み方をすればよいです。

終わりに

神へ祈るのに高額なお金や、組織への入会などは必要ありません。それらを求めるのは人間の都合からです。

神へ祈るのに、必要なものは清き「一心」、ただ一つだけです。

金幣を百本干本立てまつりても、真の心なくては、神は鎮まりまさず。真の信心すれば、金幣一本なくても、たとえ榊葉一枚立て置いても、真心にてまつる時は、かならず神はおわしますぞよ

神を敬う力強い真心一つに、神の御心が感応するのです。

今回は以上でございます。

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