「人間」を神の使いとする神さまとは?天地の神は人を使い人を助ける

天地

こんにちは、タツノトシです。
先祖から四代に渡り、「天地金乃神」に仕えることを生業としております。

神の使いとは、神に仕えて人の願いを神へと取り次いだり、人に神意を伝えるなど、神と人との仲介をする役です。

別の呼び名を「神使(しんし)」「眷属(けんぞく)」「つかわしめ」ともいいます。

神の使いとしてよく知られるのは、天神さまの牛、お稲荷さまのキツネ、お伊勢さまのニワトリ、八幡さまのハトなど。

哺乳類や鳥類、海の生き物から架空の生物など多種多様ですが、人間を神使とする神さまはいるのでしょうか?

人間を神の使いとする神はおられます。その名を「天地金乃神(てんちかねのかみ)」と申します。

天地の神は犬でも猫でも鳥でもなく、万物の霊長である「人間」をお使いになられます。

本記事では、人間をお使いになる天地金乃神と、神に使われた人間「金光大神(こんこうだいじん)」について解説いたします。

目次

人間を神の使いとする「天地金乃神」

日柄断り

天地金乃神(てんちかねのかみ)とは、「天の神」と「地の神」の総称です。

天の神のご神体は「天」。天の神は日を照らし、雨露を恵み、四季を司ります。

地の神のご神体は「地」。地の神は、天の恵みを受けて、人間・動物・草木をはじめあらゆるものを育みます。

よく神は目に見えないといいますが、この神さまは目に見ることできます。外へ出て空を見上げればそれが天の神。山を見ればそれが地の神です。

天と地の神は夫婦であり、この二神が揃って世が治まるのです。

天地金乃神は人間を眷属とする

天地金乃神は、牛や馬などの動物は使わずに、人間を神の使い、眷属とします。

その理由は、人間は、天地の神の分霊を授かって生まれた「子」であるからです。

以下は「六根清浄大祓(ろっこんしょうじょうのおおはらい)」という祝詞の一節です。

天照あまてらし坐皇ますすめ大神おほかみのたまはくひとすなわ天下あめがした神物みたまものなりすべからくしずしずまることをつかさどるべしこころすなわ神明かみとかみと本主もとのあるじたり心神わがたましひいたましむるかれ

六根清浄の大祓

わたしたち一人一人が授かっている心は、もともと神さまから分け与えられたものです。身体は地より食物を通してできるのです。

人を産むのは人の母ですが、人をつくるのは天と地であります。人の魂は、天の神より授かり、肉体は地から生じて人となるのです。

天地から生まれた人間は神の分身であり、眷属(親族、従者の意)。

ゆえに天地金乃神は、「人間」をお使いになります。

神に使われた人間「金光大神(こんこうだいじん)」

金光大神のお取次ぎ

金光大神(岡山県占見,1814-1883)は、「天地金乃神」の使いとして、多くの人々を助けました。

毎日、明け六つ(朝日が昇る前)から暮れ六つ(日が暮れた後)まで、神に仕える狛犬のように神棚の右脇に鎮座され参拝者の願いを神へと取り次いだのです。

「大谷の金神」や「生神さま」と呼ばれ、百姓から殿様まで遠方からも多くの人が訪ねて参りました。

神の使いとは、神の意を伝え人を導く働きをします。人間である金光大神の神の使いとしての具体的なお役目は、大きく分けて以下の二つです。

その一、参拝者の願いを天地金乃神へと取り次ぐ「取次」
その二、神の教えを人へと伝える「理解」

順々に解説いたします。

その一、参拝者の願いを天地金乃神へと取り次ぐ「取次」

金光大神(こんこうだいじん)は、天地金乃神の命を受けて、参拝者ひとりひとりの願い事を神へと取り次ぎました。

天地金乃神のあらたかな霊験を頼りに、多くの人が金光大神の元をたずねて参ります。以下はその伝承の一部です。

Ⅰ.杉原岩助の脳病の伝え

二十五歳ごろから脳の具合が悪く、三十一歳の二月ごろ、金光大神のもとへ参ってお願いすると、「信心するがよい。一週間でおかげが受けられる」と仰せられた。

七日目に鼻血がかなだらいに二杯出、あかえいの肝のようなものが混じって出た。朝から十時ごろまで出続けて、気分が確かになった。翌朝また、かなだらいに半分出た。その後七日ほどしたら、気分がすっかりよくなった。

金光大神言行録,杉原岩助の伝え

Ⅱ.斎藤宗次郎の子どもの眼病

慶応三年八月二日にはじめて参詣いたし。それが、明治二七より二十八年前に金光大神にはじめて御願い。卯の男生まれて五十日ばかりして、三日夜昼、昼夜目をつぶりて、まことに泣きとおしておる、その儀御願いあげ。金光様ご理解に、

「それは、産む時にみなだれでも明き方に向き、金乃大神様へは尻を向け、天地のご恩を知らぬゆえに、これまでのご無礼をいたし。今日コンニチより、これまでのご無礼をお断り申してご信心せよ。今日より十四日先を頼んで、おかげ受けよ」とあり。

その晩に目をあけ見れば、両眼に七つ白星ができておるなり。それを見て、まことにご信心いたし、七日目には白星を四つ、十四日目には残り三つの白星をお取りくださり。すみやかにもとの晴眼におかげいただき。金光様ご理解どおりなり。

金光大神言行録,斎藤宗次郎の伝え

Ⅲ.国枝三五郎の眼病

片目がうずいて困った時、金光様にお願いしたら、「春の花の四日を楽しめ」と言われ、治ることと思っていたのに、四日にも痛みがとまらず、五日に参って、そのことを申しあげたところ、

「午の年、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう」

と言われ、なお、「五月の菖蒲を楽しめ」と言われた。

その日までにはよほどよくなり、その時には、「七月の七日を楽しめ」と言われて、七月には痛みも治った。三五郎は六年の間に三度も盲目となった

金光大神言行録,国枝三五郎の伝え

その二、神の教えを人へと伝える「理解」

金光大神は参ってくる参拝者に対して、神の意を話して聞かせました。

その内容の一つに、お産に関する誤りの指摘があります。

江戸時代は胎児・乳児の死亡率が異常に高く、ある庄屋の調査では、妊娠をしても無事出産して育つのは5人のうち3人くらいだったそうです。

それもそのはず、当時はお産に関する俗信が数多くあり、それらが妊婦の病気や子供の死を招きました。

以下は江戸時代のお産に関する俗信です。

  • 妊婦は毒断といって極端な食事の制限をされた
  • 小さく育てれば安産になると言われ腹帯をきつく巻いた
  • 産後に出る初乳は毒になると言われ捨てられた
  • 乳の代わりに生まれたばかりの赤子に薬草をせんじた五香を飲ませた
  • 産後横になると血の道という病気にかかると言われ、横になることは許されなかった

現代医学から考えればどれも間違いばかりですが、当時はこれが常識です。

天地金乃神は金光大神の口を通して、これらが難産を招き、子どもを痛めていると指摘しました。

他にも、日柄や方位や縁談の相性などの占いに生活を支配されていた人々に、日柄や方位を見るよりも神を頼めと導いたり、

また、心を改まりが運勢をよくすると教え、親孝行や腹を立てない心、神を敬う心や倹約の大切さなどを平易な言葉を使って話して聞かせました。

これらの「理解」を聞いて、合点し、それを心得とした参拝者は神のおかげ(ご利益など)を受けたです。

以上が天地金乃神の神使、金光大神の役目でした。

その一、参拝者の願いを天地金乃神へと取り次ぐ「取次」
その二、神の教えを人へと伝える「理解」

金光大神が神の使いになるまでの経緯は下記をご覧ください
金神とは「地の神」【凶神と恐れられた方位神が福神になった経緯】

天地金乃神の目的

天地金乃神は、金光大神に以下のように伝えました。

「氏子あっての神、神あっての氏子、繁昌致し、末々親にかかり子にかかり、あいよかけよで立ち行く」

金光大神覚書

「あいよかけよ」とは、「えっさ、ほいさ」のように共に協力するという意味があります。

つまり、子どもあっての親、親あっての子どもであるから、子どもは親によりかかり、親は子どもを助け、仲良くすれば親子そろって共に繁昌するという意味です。

大地に種を撒いても天地の恵みがなければ、発芽はしません。また、天地の恵みがあっても人間が種を撒かねば発芽はしません。

天地と人とが共に協力して、はじめて生みなされるモノがあるのです。

天地金乃神とは、過去の偉い人物でも、絶対的な支配者でも、機嫌を損ねれば祟る神でも、自分を信じない者を地獄につき落とす神でもありません。

天地のあいだに住む人間が立ち行くことを、切に願う神であります。

そして、人を助けるために、「人間」を神の使いとする神さまです。

ネット神社「金神乃宮(こんじんのみや)」は、天地金乃神を奉斎し、人の願いを神へと取り次ぎ、理解申して聞かせるwebサイトです。

興味のある方は下記リンクから、御参拝ください。今回は以上でございます。

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